多摩清水乃社(*^_^*)




地元の皆さんが水を汲みに来るので見物すると大宮八幡宮に多摩清水乃社が在る事を知りました。
御神水でご飯を炊くと大変美味しいそうです
井戸水なのでペットボトル3本迄でお願いしますと看板が在りました。
今まで気が付きませんでした。
近くの方は是非、お参りしてくださいね。
場所:大宮八幡宮(東京都杉並区)
カメラ:PENTAX Optio E40
撮影日:2009.12.24
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大宮八幡宮に寄って見ました(*^_^*)








右側では新年の準備中



今日はプレミオの3年目の車検で東京トヨペット浜田山店に行って来ました。
2時間ほどかかると言う事で空いてる時間を利用して大宮八幡宮に寄って見ました。
何かぐるぐる回ってる方々が居るので見てみると「年越し大祓・茅の輪くぐり」と言う神事物が在りました。
自分も茅の輪を回ってお祓いして来ました。
来年は厄年なのでお賽銭もあげて来ました(笑)
新年の準備も少しずつ進んでいるようです。
場所:大宮八幡宮(東京都杉並区)
カメラ:PENTAX Optio E40
撮影日:2009.12.24
大宮八幡宮で第30回杉並大宮菊花展が開催されてました。
午後からウォーキングに出かけました。
大宮八幡宮で第30回杉並大宮菊花展(10/25~11/24)が開催されてました。
季節外れの桜?も咲いてました。
西永福駅→理性寺→大宮八幡宮→杉並区立郷土博物館→永福町駅と歩きました。
7779歩でした。












桜でしょうか?



■大宮八幡宮の由緒と歴史
第70代・後冷泉天皇の天喜年中(1053~57)のこと。奥州に乱が起き、
この乱を鎮めよとの勅命をうけた鎮守府将軍・源頼義公の軍がこの大宮の地にさしかかると、
大空には白雲が八条にたなびいて、あたかも源氏の白旗がひるがえるような光景となりました。
源頼義公は、「これは八幡大神の御守護のしるしである」と喜ばれ、
乱を鎮めた暁には必ずこの地に神社を構えることを誓って、武運を祈り出陣されました。
そして奥州を平定して凱旋のおり、誓いの通り康平6年(1063)、京都の石清水八幡宮より
御分霊をいただいて、ここに神社を建てました。これが当宮の創建の縁起であります。
またその子八幡太郎義家公も後三年の役のあと、父にならい当宮の社殿を修築し、
境内に千本の若松の苗を植えたと伝えられています。
またかつては武蔵国三大宮の一つ「多摩の大宮」と称されておりましたが、
昭和44年に境内の北端につづく旧境内地から弥生時代の祭祀遺跡が発掘され、
この地は太古からの聖域であったことが判明致しております。
今や大東京の重心「東京のへそ」として、神々の記憶と数々の日本の歴史へと
誘う胎内回帰の出来る神秘的な場所とされております。
(都議会リポート、H10.6月号「東京のなんでもNO.1」で紹介)
■大宮八幡宮の信仰
八幡さまは応神天皇が主祭神です。
悠久の昔のこと。応神天皇は父君の仲哀天皇の御遺志をついで、母君の神功皇后とともに
国づくりを進められました。兵乱を鎮め、また大陸文化を取り入れることに力をつくされました。
その御威光の輝かしいことから、人々に力を授けたまう神として仰がれています。
また、大空に八条の白雲がたなびいて軍を勝利に導いたという縁起から、
当宮には厄除開運の信仰があって、当宮の破魔矢を家庭や職場におまつりしますと、
「禍(まが)つもの」を祓って繁栄をもたらすといわれています。
また、応神天皇は御母の胎内に有る時から御神威を発揮され、胎中天皇とたたえられましたが、
こうした親子三神の固い絆から縁結び・安産・子育ての信仰があります。
さらに、神功皇后が大陸にわたられるときに御神助をいただいたという縁故から、
交通安全の信仰もあります。
(HPより転記)
場所:大宮八幡宮(東京都杉並区)
撮影カメラ:PENTAX Optio E40
撮影日:2008.10.29
大宮八幡宮で第30回杉並大宮菊花展(10/25~11/24)が開催されてました。
季節外れの桜?も咲いてました。
西永福駅→理性寺→大宮八幡宮→杉並区立郷土博物館→永福町駅と歩きました。
7779歩でした。












桜でしょうか?



■大宮八幡宮の由緒と歴史
第70代・後冷泉天皇の天喜年中(1053~57)のこと。奥州に乱が起き、
この乱を鎮めよとの勅命をうけた鎮守府将軍・源頼義公の軍がこの大宮の地にさしかかると、
大空には白雲が八条にたなびいて、あたかも源氏の白旗がひるがえるような光景となりました。
源頼義公は、「これは八幡大神の御守護のしるしである」と喜ばれ、
乱を鎮めた暁には必ずこの地に神社を構えることを誓って、武運を祈り出陣されました。
そして奥州を平定して凱旋のおり、誓いの通り康平6年(1063)、京都の石清水八幡宮より
御分霊をいただいて、ここに神社を建てました。これが当宮の創建の縁起であります。
またその子八幡太郎義家公も後三年の役のあと、父にならい当宮の社殿を修築し、
境内に千本の若松の苗を植えたと伝えられています。
またかつては武蔵国三大宮の一つ「多摩の大宮」と称されておりましたが、
昭和44年に境内の北端につづく旧境内地から弥生時代の祭祀遺跡が発掘され、
この地は太古からの聖域であったことが判明致しております。
今や大東京の重心「東京のへそ」として、神々の記憶と数々の日本の歴史へと
誘う胎内回帰の出来る神秘的な場所とされております。
(都議会リポート、H10.6月号「東京のなんでもNO.1」で紹介)
■大宮八幡宮の信仰
八幡さまは応神天皇が主祭神です。
悠久の昔のこと。応神天皇は父君の仲哀天皇の御遺志をついで、母君の神功皇后とともに
国づくりを進められました。兵乱を鎮め、また大陸文化を取り入れることに力をつくされました。
その御威光の輝かしいことから、人々に力を授けたまう神として仰がれています。
また、大空に八条の白雲がたなびいて軍を勝利に導いたという縁起から、
当宮には厄除開運の信仰があって、当宮の破魔矢を家庭や職場におまつりしますと、
「禍(まが)つもの」を祓って繁栄をもたらすといわれています。
また、応神天皇は御母の胎内に有る時から御神威を発揮され、胎中天皇とたたえられましたが、
こうした親子三神の固い絆から縁結び・安産・子育ての信仰があります。
さらに、神功皇后が大陸にわたられるときに御神助をいただいたという縁故から、
交通安全の信仰もあります。
(HPより転記)
場所:大宮八幡宮(東京都杉並区)
撮影カメラ:PENTAX Optio E40
撮影日:2008.10.29